あのおじさんは。

初めましての皆様に、代表の昔話を。

2018年春、ブルガリアにいた私は格安航空でイスラエルに入りました。

イスラエルから、バスでパレスチナへ向かいます。

初めての滞在は5日間の観光。ザ・観光地を独り歩く私におじさんが話しかけてきました。

おじさん「俺がこの辺りを案内してやるよ!英語は大丈夫だ」

私「えっあー・・・(いや誰なんだこの人)」

なにに納得したのか、私はおじさんに言われるまま市街の旧跡を巡ります(実際におじさんは顔が広く、行く先々で挨拶を交わしていた)。このエルサレム旧市街という場所はガイドマップが当てにならない入り組んだ迷路。きっと私は助けてほしそうな顔をしていたのでしょう。

おじさんはそして、やたらと私に写真を撮らせようとしてきました。

そして、毎回撮り直しまでして、バッチリだ!と言わんばかりの表情でスマホを返してくるのです。

後で知ったことですが、このおじさんはおそらくエルサレム旧市街に出没する自称ガイドさん。案内が終わり、お金を要求され、手持ちから払える額を払うということで交渉が成立。

果たしてあれは詐欺?


この話には続きがあります。

おじさん「今日は週末だから家で親族が集まっている。上がっていきなさい」

私「えっ?えー・・・、えっ?」

※危ないと感じた場合はいかのおすしを優先しましょう

徒歩数十秒のところにあったお家では、女性たちが完全オフモードでリラックス。

突然の来客に、しかし別段慌てた様子もなく(日常茶飯事なのかもしれない)、週末に必ず作るというパンを出してくれ、何かしたいおじさんは「良い雑誌があるんだ」と言って瓜の写真が表紙になった本をくれました。

そこで交わした約束ーおじさん達に日本から手紙を書くということを、メモを失くしてしまい果たせていません。

あのおじさんは息災だろうか。


異国での出会いって染みませんか。

ひとりだけ自分の馴染んだ世界から切り出されて、そこにはわくわくした気持ちも勿論あるけれど、不安も隠せない。
そんな時にこのおじさんがいてくれたからこそ、私は未知なるパレスチナに対してちょっと心を許したんだなぁと思います。

私の中のパレスチナは、そこからどんどん色を帯びていきました。食べ物の匂いも、夕陽の美しさも、祈りの時間を告げる音楽も、言葉の響きも、とてもとても懐かしいです。

おじさんを皮切りに、出会ったたくさんの人達。
彼らの隠れた文化的魅力を、次はあなたに。